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代表理事コラム

自宅の競売

2013年11月13日

「あの時にこうしていれば」

「保証人になんかならなければ」

「無理をして家を買わなければ」

 

 

住宅ローンの支払いに困ったほとんどの人がこう言います。

後悔の念が後を絶たないのです。

 

 

 

もちろん、後悔しても何も始まらないのは本人だって百も承知。

しかし、住宅ローンの破綻にまで追い込まれると、後悔の言葉しか出ないのです。

 

それは、私にもよく分かります。なぜなら、私の親が同じ経験を持つからです。

 

 

自宅の競売というのは、どれほど本人や家族にとってつらいことか。

私の経験をお話ししましょう。

任意売却という方法を多くの方に知って頂きたいと思い、この活動に取り組む決意を

した理由がここにあります。

 

 

私の両親は、印刷会社を経営していました。

小さな規模の会社でしたが、両親がともに戦前生まれで苦労したせいか、

とても働き者で、朝早くから夜遅くまでインクにまみれながら懸命に働き、

私たち兄弟4人を育ててくれました。

 

しかし、印刷というのは技術の進歩が激しい業界です。

両親の会社も時代の変化についていけずに、年々売り上げは下がり、

赤字が続くようになっていきました。

 

当然ながら、住宅ローンの支払いにも困るようになりましたが、

なんとかやりくりして借金を重ねつつ、支払いを続けていたようです。

 

 

ところが、得意先の倒産で受け取っていた手形が不渡りとなり、

両親の会社も連鎖倒産。

 

 

私たちは食べるものにすら困るような状況になり、

当然ながら、住宅ローンの支払いどころではなくなっていったのです。

 

 

 

支払いを完全にストップして数カ月が過ぎたころから、

毎日のように、あちこちから督促状が届くようになりました。

 

郵便受けにあふれる書類の束。郵便物の封を開けることも、電話に出ることも、

外出すらもしなくなった両親。

 

 

 

やがて、大阪地方裁判所の執行官が、競売の資料作成のためにわが家にやってきました。

 

淡々と写真を撮り、現況を確認していく執行官。

その様子を不安そうな表情で見つめる両親。

 

結局、両親にも知り合いにも、もちろん私にも、この状況を解決する知識など

ありませんでした。銀行との交渉もうまくいかず自宅は競売に。

 

まもなく、住み慣れた家を追い出され、私たち家族は、

逃げるように思い出の家と町を後にしたのです。

 

 

 

 

 

 

 

家を建てたときはあれほど誇らしげだった父の悔し涙。

今でも忘れることができないつらい記憶です。

 

 

 

こんなつらい経験をせずに済む方法、それが任意売却だと知ってからは、

多くの人の役に立つと信じ、任意売却の専門家となるべく学習や実績を重ねて参りました。

 

今では、たくさんの方に任意売却という解決方法は知られています。

 

しかし、時代や社会の変化とともに、任意売却を取り囲む制度や方法も変わります。

その変化に対応すべく、これからも私たちは日々変化と学習を繰り返していきたいと思います。

 

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